バレンティーナ

私の名前はバレンティーナ。

ここマルセイユを拠点に今は紡績商として航海をしている。

秋風「ねぇええええ、バレンティーナぁ。ホントにこの服しかないのかい?」

隣でぼやいているのは秋風。

年の頃は多分私と同じくらい。

3年前に私が航海中の海域で拾った女の子だ。

散乱した船の残骸に引っかかる様にして浮かんでいた秋風を私が拾ったのが始まりだ。

このご時世だ、海賊にでも襲われたのだろうと気付いた秋風に聞いてみたが彼女は名前以外の記憶の一切を失くしていた。

手に持っていた見た事も無い長身の刃物と衣服以外のすべてを彼女は失っている。

私は彼女を拾って様子を見ることにした。

見た事もない刃物に対する興味もそうだが彼女は航海者としての才能があったからだ。

彼女と幾日か航海をした後、彼女が武器の扱いに長けている事を見抜いた私は彼女に一隻の船を与えて自由にさせてみた。

彼女は思った通りその才覚を発揮し交易は言うまでも無く今では自分で船部品を作るにまで至り立派に武器商人として生きている。

今では私の相棒として航海を共にしていた。

その秋風が何故こんなにぼやいているのかと言うと…

バレンティーナ「貴方が海賊に斬り込む隙を与えたからでしょ?」

秋風「そうは言ってもさぁ…わっちゃやだよ、この服…。足はスースーするし胸元も開いてるし…」

そう言って秋風は胸元を正した。

バレ「あら、貧相な身体じゃないんだから。色っぽくていいじゃない」

秋風「うぅぅぅ…この服直らないのかい?」

バレ「直りません!サイズを変えるか色の違う糸で繕えるけどそんなみっともないのでいいの?」

秋風「…いやじゃ」

バレ「なら、あきらめなさい」

秋風「はぁぁぁぁ…」

秋風は大きな大きな溜息を吐いてがっくりと項垂れて歩いてる。

バレ「その内繕ってあげるわよ」

秋風「頼むよ…ところで片腕を探すって言ってたけど当てはあるのかい?」

そう、私はある用事があって再び故郷マルセイユに戻ってきたのだった。

その用事と言うのは副官を探す事。

私の片腕となって私の仕事の手伝いをしてくれる存在だ。

バレ「無いわね、とりあえず酒場に行けば何か情報が得られると思うの」

秋風「ふーん、男?女?」

バレ「女の子がいいわね、どうしても男所帯になりがちだから…」

秋風「うちの子はやらないからね!」

バレ「もっと女の子らしい子がいいから選択肢に無いわよ」

秋風「うちの子…可哀想…あれで居て結構女の子らしい可愛いところもあるのに…」

バレ「そういう意味じゃないわ。紡績商としての仕事を手伝ってくれる子が欲しいのよ」

秋風「なるほどねぇ。良く気の付く子がいると助かるねぇ」

バレ「男ばっかりじゃあねぇ…」

秋風「そうだよねぇ…。…ん?」

何かに気付いた様に声を上げた秋風の視線を辿って行くといつの間にか私の隣に小さな女の子が立っていた。

女の子「わぁ…素敵な色ぉ♪綺麗…」

赤い髪をアップに上げて大きな瞳をさらに見開きながらその子は私を、正確には私の袖を見つめていた。

しばらく立ち止まって見ていても私達が動いていていない事に気付く様子も無い。

時折何かを呟きながら完全に自分の世界に入っていた。

秋風と顔を見合すと彼女は小さく笑って女の子に声を掛けた。

秋風「お姉さん、わっちらにご用かい?」

女の子「へ?」

秋風の声で我に返ったのか彼女は慌てて私の顔を見直した。

女の子「ふわぁ…綺麗な人…」

バレ「クスッ、ありがと」

女の子「あ!?あ、あの!おおお洋服、解れてる所とかございませんかっ!?お繕いします!」

あまりの慌て様に自分でも何を言っているのか分からないのだろう。

きっと、身体に染み付いた言葉が咄嗟に出て来たのだ。

再び、秋風と顔を見合わせて私達は思わずクスリと笑ってしまった。

バレ「クスッ、フフフフフフッ!」

女の子「あ、あれ?」

バレ「いえ、ごめんなさい。笑ったりして。貴方お名前は?」

女の子「あ、ごめんなさい。あたし、フランシーヌって言います!」

バレ「そう、私はバレンティーナ。洋服の修繕しているの?」

フラ「はい♪酒場の前のテーブルを借りてお仕事してます」

バレ「そうなのね…」

秋風「そっちの子はお姉さんの家族かい?」

視線を移すとフランシーヌと名乗った子の隣にちょこんと白い猫が行儀良く座っていた。

フラ「あ、この子はシャルロッテ。私の…家族です♪」

秋風の言葉が気に入ったのかフランシーヌはニコリと微笑むと左足のかかとを少し上げた。

シャルロッテと呼ばれた猫はそれを合図にするするとフランシーヌの身体を登り肩にしがみついた。

バレ「仲がいいのね」

フラ「はい♪」

バレ「とりあえず、立ってても仕方ないから酒場に行きましょうか。話しはそれからにしましょう」

フラ「はい!」

私達は酒場の前に設けられたテーブルに向かって歩き出した。

思わぬ所で思わぬ発見があったものだ。

仕立ての出来る副官を探している時に声を掛けられるとは。

丁度いい、少し試してみようかしら?

私の副官になる為に、信用に値するか否か…。

私は少し意地悪をしてみる事にした。

席に着くや否や私は秋風からボロボロになったジュストコールを取り上げた。

バレ「フランシーヌ、これを直してもらえる?」

テーブルの上に広げられたジュストコールをフランシーヌはしばし瞳を輝かせながら見つめていた。

特別な染料で染められたこの色合いはこの辺では見ることが出来ない。

それに興味を惹かれて私の服を見つめていたのだろう。

修繕するのは不可能だ。

おびただしい数の切り傷の刻まれたジュストコール。

同じ色の糸を作り出す事はここでは出来ない。

傷の無い部分を使っての再利用が出来るかどうか。

秋風の身体に合わせての再利用は不可能と言える。

この子はどんな答えを出すのかしら?

見栄を張って出来ると言い切るのかしら?

しかし次の瞬間フランシーヌは瞳を曇らせると同時に小さく首を振った。

フラ「ごめんなさい…あたしには、直せません…」

バレ「なぜ?修繕の仕事をしているのでしょう?」

フラ「それでも!それでも…あたしには出来ません…」

ジュストコールの上にポタリと一雫の水滴が落ちて濃紺の小さなシミが出来た。

フラ「あまりにも傷が多すぎます…このお洋服は一旦使える部分を切り取って型紙から起こす事しか出来ません…」

バレ「…」

フラ「仮に傷が小さく少なかったとしても、こんな素敵な色の糸をあたしは持ってません…違う色の糸で繕う事はあたしには…この子にしてあげられない…
この子が、可哀想です…ごめんなさい…」

言葉が出なかった。

この子、見た目からしてまだ幼いのにここまで洋服に愛情を注げるのね…。

見る目も確かだ。

私と同じ答えを導き出せている。

これだけでもう充分だ。

信用に値する。

この子は経験さえ積めばきっと良い仕立師になる。

私はジュストコールを下げて秋風に放り投げた。

バレ「ごめんなさい、フランシーヌ」

えづいていたフランシーヌがゆっくりと顔を上げた。

バレ「ちょっと度が過ぎたみたいだわ」

フラ「いえ…あたし、直してあげられないのが悔しくて…」

バレ「良い子ね、貴方。変わりにこれをお願いするわね」

私は自分のジュストコールを脱ぎフランシーヌに渡した。

バレ「ボタンが取れかかっているの。黒い糸で繕って頂戴。あと、貴方のエプロン貸しなさい」

フランシーヌはきょとんとして私から受け取ったジュストコールを恐る恐るテーブルに置くと自分の着けていたエプロンを手渡した。

バレ「貴方、修繕の仕事してるのに自分のエプロンが破れてちゃ説得力無いでしょ?」

フラ「あっ!それは…」

バレ「貴方はボタンをお願いね」

私はそれだけ言ってフランシーヌのエプロンの修繕に取り掛かった。

手早くエプロンの修繕を終わらせて時間の掛かっているフランシーヌを他所に私は酒場の中へと入っていった。

イレーヌ「バレンティーナ、懐かしいわ。ご機嫌よろしくて?なんだか嬉しそう」

看板娘のイレーヌが早速私に気付いてお酒の準備をしてくれた。

私からするとどう見ても”看板女王”なんだけど…

バレ「そうね、思いがけない出会いが訪れたものだから」

イレ「あら、素敵ね。どちらの殿方かしら?」

イレーヌに手渡されたお酒に口をつける。

バレ「女性よ」

イレ「貴方…」

イレーヌはありのままに失礼な表情を浮かべた。

バレ「副官を探しに来たのよ」

イレ「今入ってきたばかりでまだ顔も見ていないでしょ?」

バレ「外にいたわよ、素敵な女性が」

イレーヌは少しだけ考えるとすぐに視線を戻した。

イレ「フランシーヌの事?」

バレ「そうよ。彼女確かな目を持ってるわ、素直で無垢で…」

イレ「なるほど、それでご機嫌麗しいのね。フランシーヌは良い子よ」

バレ「えぇ、とっても」

イレ「でも、バレンティーナ。一つだけ約束して頂戴」

バレ「何かしら?」

イレ「彼女を無理矢理船乗りにする様な事はしないで欲しいの。彼女事故で両親を亡くしているから…」

バレ「…そう、なのね」

途中、秋風が酒場に入ってきてマスターからグラスを二つ貰って何も言わずに出て行った。

イレ「貴方を疑ってるわけじゃないわ、むしろ貴方にならお願いしたい位。でも、彼女が自分の意思で船乗りになりたいと言うまで…お願い」

普段は表情をあまり表に出さないイレーヌが泣きそうな顔で懇願している。

私は残ったお酒を一口にあおった。

そんな顔しないでよ…

困るでしょ…

バレ「分かったわ、約束しましょう。貴方達の家族を無理矢理奪う様な事はしない。彼女の意思が固まったら一番最初に連絡を頂戴。必ず迎えに来るわ」

私は隣で聞き耳を立てていたマスターにパチリと一つウインクを返した。

バレ「ごちそうさま」

私は必要なだけのD【ドゥカート】をカウンターに置くと酒場を後にした。

フラ「あ、バレンティーナさん。出来てますよ♪」

外に出るとフランシーヌが私のジュストコールを広げて見せてくれた。

バレ「ありがとう。器用ね、フランシーヌ」

フラ「いえ、バレンティーナさんには負けます…自信失くしちゃいますよ…」

バレ「お代は100Dでいいかしら?」

フラ「いえ、お代は結構です!あたしのエプロンも直してもらってるし」

バレ「あれは趣味よ、貴方のは仕事。依頼を受けたのだから報酬を受け取るまでが仕事よ?」

フラ「じゃ、じゃあ100D頂きます…」

バレ「フフッ、良い子ね」

私は100D丁度をフランシーヌの小さな手に置いた。

良く見れば縫製師特有の小さな傷がいくつも付いている。

この手を見ればどれだけ日々努力しているかが見て取れる。

フラ「あ、あの!」

不意にフランシーヌが声を上げた。

バレ「ん?」

フラ「あの、もし良かったら秋風さんのジュストコール頂けませんか?」

フランシーヌの言葉に私は秋風の手に持っているジュストコールに視線を移した。

何処までも探究心の強い子だ。

何故だかこちらまで嬉しくなってしまう。

でも残念ながらこのジュストコールはもう使い道が決まってしまっている。

曇る表情はあまり見たくないのだけれど…。

バレ「ごめんなさい、フランシーヌ。今はあげられないわ…」

私の言葉に案の定フランシーヌは表情を曇らせた。

イレーヌも貴方も…私を困らせる顔して…

フラ「そう…ですか」

バレ「そうね、代わりに一つ面白いものをあげるわ」

私はポケットの中から一本の巻かれた糸を取り出しフランシーヌの手のひらに乗せた。

交易品として店主に査定してもらおうと思って持ち歩いていた一巻の糸。

フラ「っ!?わぁ、綺麗な色。見たことも無い糸ですねぇ」

バレ「金糸って言う、砂金を使って作る糸よ」

フラ「さ、砂金っ!?え、そんな高い物使うような糸貰えませんよぉ!」

バレ「いいえ、貴方はその価値が分かるわ。貴方にだから渡せるのよ?貴方がいずれ−」

秋風「バレンティーナ」

言おうとして言葉を秋風に遮られた。

酒場で一瞬目を合わせただけなのに…。

全くこの子の洞察力には恐れ入る。

バレ「いえ、なんでもないわ。またいつか会いましょう、フランシーヌ」

フラ「はい!また是非お越しください♪」

バレ「立派な仕立師になりなさい、期待してるわ」

これくらいはいいわよね?秋風

一瞥すると秋風は肩を竦めて小さく笑った。

フラ「はい、ありがとうございます!お元気で♪」

フランシーヌはお辞儀をすると小さな身体で大きく手を振って私達を見送ってくれた。

秋風「良い子だったね」

バレ「そうね、いつか…一緒に旅がしたいわね」

秋風「そう遠くはなさそうだ」

秋風は屈託無く笑う。

この子…何か隠してるわね…。

全く…。

港に着くとふわりと風が髪を撫でた。

私と秋風

そしてフランシーヌの行く末を暗示する様な

不安の一切をかき消し後押しする様な

暖かく

柔らかな

追い風が…。

 SS寄り